学校の理科の授業で習った「メンデルの法則」を覚えていますでしょうか。「A型とB型の両親からは何型が生まれる」とか、「O型の両親からはO型しか生まれない」といった、あの有名な遺伝のルールです。この法則は私たちの常識として深く根付いているので、もし自分や家族の血液型がその法則に当てはまらなかったとしたら…。「えっ、嘘でしょ?」とパニックになってしまうのは当然のことだと思います。
「血液型の組み合わせがありえない」という検査結果を突きつけられたとき、多くの人が真っ先に疑うのは「検査の間違い(ミス)」か、あるいはもっと深刻な「親子関係そのもの」ではないでしょうか。実際に、そうした不安から夜も眠れなくなってしまったという声を耳にすることもあります。
でも、ちょっと待ってください。実は、私たちが知っている一般的な常識(メンデルの法則の基本モデル)では説明がつかない、特殊な遺伝子のパターンがこの世には確実に存在します。「シスAB型」や「ボンベイ型」といった言葉を聞いたことはありますか?これらは決してエラーではなく、生命の神秘とも言える正当な遺伝の結果なのです。
また、生まれたばかりの赤ちゃんの検査結果が、成長とともに「A型からO型へ」といった具合に変わってしまうように見える不思議な現象も、実は医学的には一定の頻度で起こり得るものです。多くの場合、「本当に血液型が変わった」のではなく、「最初の検査がまだ十分な条件を満たしていなかった」ことが原因と考えられます。このページでは、教科書には載っていなかった血液型の深い世界と、その裏にある科学的なロジックについて、専門的な話をできるだけ噛み砕いて、分かりやすくお話ししていきたいと思います。
- 学校で習う遺伝の法則では説明できない「特殊な血液型」の正体とは
- O型の親からAB型が生まれる!?「シスAB型」の不思議なメカニズム
- 赤ちゃんの血液型検査が誤判定されやすい、体の構造的な理由
- モヤモヤした疑問をスッキリ解決するための「確定診断」の方法と費用
血液型の組み合わせがありえないとされる科学的理由

一見すると「ありえない」と思える結果の裏には、実は生物学的なきちんとした理由(ロジック)が隠されていることがほとんどです。まずは、私たちの常識を覆すような遺伝のカラクリについて、一つずつ謎を解き明かしていきましょう。
AB型とO型の親から生まれる例外的な子供
一般的な常識として、「AB型の親」と「O型の親」から生まれる子供は、A型かB型のどちらかになると教わりますよね。
これは、AB型の親が持っている遺伝子が「A」と「B」、O型の親が持っている遺伝子が「O」と「O」だからです。親から一つずつ遺伝子をもらうので、組み合わせとしては「AとOでA型」になるか、「BとOでB型」になるかの2パターンしかない、というのがメンデルの法則の基本です(ここでは、教科書に出てくる代表的なパターンで話をしています)。
しかし、ごく稀なケースとして、このペアから「AB型の子供」や「O型の子供」が生まれてくることがあります。
これを聞いて、「病院で赤ちゃんを取り違えられたのでは?」「まさか父親が違う?」と深刻な悩みを抱えてしまう方もいるかもしれません。ですが、ここで早合点してはいけません。これは決して浮気や医療ミスの証明とは限らないんです。
実は、遺伝子の並び方が通常とは少し異なる「シスAB型(cis-AB)」という特殊な血液型が存在し、これが「ありえない」組み合わせを生み出す正体である可能性が高いことが分かっています。
ここがポイント
「AB型 × O型」の両親からAB型やO型の子が生まれても、それは「シスAB型」という遺伝的な特徴である可能性があり、生物学的に十分にあり得る現象です。親子関係を即座に否定する材料にはなりません。
シスAB型のメカニズムと遺伝の法則
では、その「シスAB型」とは一体どういうものなのでしょうか。少し専門的な話になりますが、できるだけイメージしやすく説明しますね。
通常、AB型の人は、一つの染色体(遺伝子の乗り物)に「Aの遺伝子」、もう片方の対になる染色体に「Bの遺伝子」を持っています。これを専門用語で「トランス配置」と呼びます。親から子へは、対になっている染色体のうち「どちらか片方」しか受け継がれません。だから、AかBのどちらか一方しか子供に渡せないんですね。
ところが、シスAB型の人は、なんと「AとBの遺伝子が、同じ染色体の上に仲良く並んで乗っている」という非常に珍しい構造をしているんです。そして、もう片方の染色体にはO型遺伝子が入っていることが多いです(遺伝子型で書くと:cis-AB / O)。
この「シスAB型」の親から子供へ遺伝子が渡されるとき、どんなことが起こるかシミュレーションしてみましょう。
シスAB型(cis-AB/O)とO型(OO)のカップルの場合
| 親が渡す遺伝子 (シスAB型の親) | パートナーが渡す遺伝子 (O型の親) | 子供の遺伝子型 | 子供の血液型 (表現型) | 通常の判定 |
|---|---|---|---|---|
| cis-AB (AとBがセット) | O | cis-AB / O | AB型 | 通常は「ありえない」とされるパターン① |
| O (反対側の遺伝子) | O | O / O | O型 | 通常は「ありえない」とされるパターン② |
このように、ひとまとまりになった「AB」セットをそのまま子供に渡せば、相手がO型であっても子供はAB型になります。逆に、反対側の「O」を渡せば、子供はO型になります。つまり、シスAB型の遺伝子が関与することで、通常の遺伝法則における「排除率(生まれないはずの組み合わせ)」が無効化されるわけです。
日本人とシスAB型の関係
実はこのシスAB型、世界的に見ても非常に稀なタイプなのですが、欧米人に比べて日本人や韓国人などの東アジア人で比較的多く発見される傾向があります。ただし、それでも日本では報告上、おおよそ数万人に一人程度とされる非常に珍しい型であり、私たち日本人にとっては「身近に潜んでいる可能性はあるが、日常でそう簡単には出会わない」レベルの遺伝的特徴と言えます。
ボンベイ型による見かけ上の血液型変異
次にご紹介するのは、「両親がO型なのに、A型やB型の子供が生まれた」あるいはその逆で「A型の両親からO型が生まれた(これはAO×AOならあり得ますが、全く反応しない特殊なO型のケース)」というパターンです。この謎を解く鍵は、「ボンベイ型」やその亜種である「パラボンベイ型」と呼ばれる特殊な表現型にあります。
これを理解するには、血液型が決まる仕組みを「建物の建設」に例えると分かりやすいです。
- 土地(赤血球)があります。
- まず、その土地に「土台(H抗原)」を作ります。
- その土台の上に、「Aという建物(A抗原)」や「Bという建物(B抗原)」を建てます。
私たちが普段行っている血液型検査は、この「建物(AやB)」があるかどうかを見ています。AがあればA型、BがあればB型、何も建物がなければO型と判定します。
しかし、もし遺伝子の変異で、そもそも「土台(H抗原)」を作れない体質だったらどうなるでしょうか?
たとえ設計図(遺伝子)として立派な「A型の建物」を作る能力を持っていても、土台がないので建物を建てることができません。検査では「建物がない」と判断されるので、遺伝子的にはA型やB型であっても、検査結果は「O型」と判定されてしまうのです。これがボンベイ型(見かけ上のO型)の正体です。
ボンベイ型やパラボンベイ型は、H抗原を作るFUT1という遺伝子などに変化が起きることで生じることが分かっており、世界的にも非常に稀ですが、特定の地域(インド亜大陸など)でやや多く報告されています。
こうして「見かけ上のO型」の親から、隠されていたA型やB型の設計図(遺伝子)が子供に受け継がれ、子供が正常に「土台」を作れる体質だった場合、突然「A型の子供」や「B型の子供」が誕生します。「O型の親からA型が生まれた!」と周囲は驚きますが、これは遺伝子のスイッチが隠れていただけで、正しく遺伝した結果なのです。
血液型の突然変異と隔世遺伝の真実
よくテレビドラマや都市伝説などで「突然変異で血液型が変わった!」なんて話を聞くことがありますが、科学的・学術的な意味での「突然変異」が頻繁に起こることは、実は極めて稀です。
私たちが日常で「変異だ!」と感じるものの多くは、先ほどお話ししたシスAB型やボンベイ型のように、「もともと持っていた特殊な遺伝子の特徴が、たまたま検査で分かる形で表面に出てきた」というケースがほとんどです。
また、「隔世遺伝」という言葉もよく使われますね。「おじいちゃんが特殊な血液型だったから、孫に出た」というような話です。これも魔法のような話ではなく、劣性遺伝(隠れやすい性質)の遺伝子が、世代を超えて脈々と受け継がれ、特定のパートナーとの組み合わせになった時にだけ、検査結果としてひょっこり現れる現象と言えます。
つまり、血液型の不思議な組み合わせは、エラーやバグというよりは、生命の多様性が織りなす複雑で精巧なパズルのようなものなんですね。
兄弟間の血液型不一致と確率の考え方
「お兄ちゃんはA型なのに、弟の僕はB型。両親は二人ともAB型なのに…なんで兄弟でこんなに違うの?」といった疑問もよく耳にします。しかし、これは確率論で完全に説明がつきます。
例えば、両親がともにAB型(遺伝子型AB)の場合、子供に渡される遺伝子の組み合わせは以下の4パターンになります。
- 父(A)× 母(A)= A型(AA)
- 父(A)× 母(B)= AB型(AB)
- 父(B)× 母(A)= AB型(AB)
- 父(B)× 母(B)= B型(BB)
この場合、A型、B型、AB型のどの子供も生まれる可能性があります(O型は生まれませんが)。兄弟で血液型が全く違うというのは、サイコロを振って違う目が出るのと同じで、ごく自然なことです。
「兄弟だから同じ血液型のはず」という思い込みを捨てて、「兄弟であっても、受精のタイミングごとに毎回サイコロが振られている」と考えると、この不一致もスッキリ理解できるかなと思います。
血液型の組み合わせがありえない時の検査と対処

ここまで遺伝子の不思議についてお話ししてきましたが、実は「ありえない」結果が出る原因の多くは、もっと現実的な「検査のタイミング」や「精度の問題」にあったりします。特に小さなお子さんの場合は、この点が非常に重要になってきます。
新生児の血液型検査における精度の限界
生まれたばかりの赤ちゃんに産院で血液型検査をしてもらうことも多いですが、その結果はあくまで「暫定的なもの」だということをご存知でしょうか?
血液型を正確に判定するには、赤血球の反応を見る「オモテ試験」と、血清(血液の上澄み)に含まれる抗体を見る「ウラ試験」の両方を行い、その結果が一致することを確認する必要があります。しかし、新生児や乳児には生理的に大きなハードルがあります。
赤ちゃんの検査が難しい理由
- 抗体が未熟:生まれたばかりの赤ちゃんは、免疫機能が未発達で、自分で血液型の抗体を十分に作る能力がまだありません(抗A抗体・抗B抗体が自分で作られ始めるのは、生後およそ3〜6か月以降とされています)。
- 母親の抗体の影響:へその緒を通じてお母さんの抗体(IgGなど)が移行しているため、赤ちゃんの本来の血液型とは違う反応が出てしまうことがあります。
- 抗原の発現が弱い:赤血球膜上のA抗原・B抗原の現れ方が新生児では成人より弱く、反応がはっきり出ないことがあります。
実際、慶應義塾大学病院の医療情報サイトでも、新生児では赤血球側(おもて検査)のみを行うことが多く、赤血球膜上のA抗原・B抗原の現れ方が成人の約3分の1程度であるために、A型やB型であってもO型と判定されたり、「判定不能」となる場合があると説明されています。また、抗体が産生され始めるのは生後6か月ごろ、すべての小児で抗体がそろうのは1歳ごろ、赤血球膜上のA抗原・B抗原の発現が成人並みになるのは3歳ごろとされ、正確な血液型判定を求めるなら4歳以上、できれば就学前後での検査が望ましいと案内されています。
(出典:慶應義塾大学病院 医療・健康情報サイト KOMPAS『新生児の血液型』)
赤ちゃんの血液型が変わる生理的要因
「生まれた時はO型と言われたのに、幼稚園に入園する時の検査でA型になった!」というエピソード、実はこれ「あるある」なんです。
これは実際に血液型が魔法のように変身したわけではありません。生まれた直後は赤血球のアンテナ(抗原)がまだ弱く、検査薬に対して十分に反応しなかったために、「反応なし=とりあえずO型」と判定されてしまっていたケースが非常に多いのです。
体が成長してアンテナがしっかり完成してくると、本来のA型やB型の反応が出るようになります。これを親御さんは「血液型が変わった(ありえない!)」と驚かれるわけですが、医学的には「成長に伴って、ようやく正しい判定ができるようになった」というのが正解です。
検査ミスや判定不能が起こる主な原因
もちろん、人間がやることですからミスがゼロとは言い切れませんが、現在の医療現場ではバーコード管理などが徹底されており、検体の取り違えのような単純なミスは極めて稀になっています。
もし大人の検査で「判定不能」や「結果が食い違う」といった事態が起きた場合は、以下のような医学的な原因が考えられます。
- 亜型(あがた)の存在:A型やB型の中にも、反応が非常に弱いタイプ(亜型)があり、通常の検査では見落とされてO型に見えてしまうことがあります。
- 病気の影響:白血病などの病気によって、一時的に血液型の抗原反応が弱くなり、型が変わったように見えることがあります。
- 異型輸血や骨髄移植:過去に異なる血液型の輸血や骨髄移植を受けた影響で、一時的あるいは恒久的に血液型が変わって見える(キメラ状態になる)ことがあります。
確定診断に必要な遺伝子検査と費用
「どうしても納得がいかない」「将来のために正確な血液型を知っておきたい」という場合、最終的な解決手段となるのが「遺伝子検査(ジェノタイピング)」です。
私たちが普段受ける血液型検査(凝集法)は、あくまで反応を見るだけの簡易的なもので、費用も数千円程度です。しかし、遺伝子検査はDNAを直接解析して、シスAB型やボンベイ型、FUT1遺伝子の変異などの詳細な情報を調べます。これにより、血液型のタイプや珍しい変異の有無について、非常に高い精度で確定診断が可能になります。
費用の目安と注意点
血液型の遺伝子検査は、病気の治療目的でない限り健康保険が適用されない(全額自費診療になる)ことが多いです。
また、どこの病院でもできるわけではなく、実施できる施設は大学病院や一部の法医学教室などに限られています。費用は施設によって異なりますが、カウンセリング料なども含めると数万円程度になるケースも一般的です。気軽に受けられる検査ではないことを理解しておきましょう。
※正確な費用や実施状況については、必ず専門の医療機関(遺伝子診療科など)に直接お問い合わせください。
血液型の組み合わせがありえない不安の解消
「ありえない」という結果が出たとき、一番怖いのは「理由が分からないこと」による漠然とした不安だと思います。しかし、ここまで見てきたように、その背景には必ず生物学的なロジックが存在します。
もし、お子さんの血液型が予想外の結果だったとしても、まずは「まだ検査するには早かったのかな?」と落ち着いて考えてみてください。そして、どうしても気になる場合は、体がしっかり成長した小学生くらいになってから再検査を受けてみるのも一つの手です。
また、もし詳細な検査の結果、シスAB型やボンベイ型などの稀な血液型であると分かった場合、それは決して悲観することではありません。むしろ、将来手術や輸血が必要になった時に、自分の命を守るための非常に重要な情報を手に入れたことになります。
単なる記号だと思っていた血液型ですが、実は私たちの命の設計図そのもの。「ありえない」組み合わせは、生命の不思議さと奥深さを教えてくれる、あなただけの特別なメッセージなのかもしれません。

