昔は夏休みに近所の田んぼや水路で網を入れれば、当たり前のように捕まえられたあの細長くてかっこいい水生昆虫、ミズカマキリ。カマキリのような鎌を持ちながら、お尻には長い呼吸管がついている独特のフォルムに、子供心をくすぐられた方は多いのではないでしょうか。

しかし最近、めっきりその姿を見なくなったと感じているなら、それは気のせいではありません。ふと気になって「ミズカマキリ 絶滅危惧種」と検索してみると、神奈川県では既に絶滅と評価されていたり、東京でも深刻なランクに位置づけられているという情報が出てきます。
なお「絶滅危惧種」という言葉は全国一律の話とは限らず、地域(都道府県)ごとに評価が大きく異なる点は押さえておきたいところです(参考:スズメは絶滅危惧種なのか?数が減少する理由と私たちにできること)。
かつては「普通種」として親しまれていた彼らが、なぜこれほど急速に姿を消してしまったのか。その背景には、私たちの暮らしや農業の変化が深く関わっています。
この記事では、ミズカマキリが直面している減少理由や現在の生息地、そして意外と知られていない販売や飼育の事情について解説していきます。 昔の思い出があるだけに、この現状を知った時は私も驚きを隠せませんでした。少しでも彼らの現状を知っていただければと思います。
- 都道府県ごとの絶滅危惧種指定状況と地域による深刻な減少レベルの違い
- ミズカマキリが姿を消してしまった主な原因である「乾田化」や「U字溝」の問題
- 間違えやすい近縁種ヒメミズカマキリとの見分け方や生態的な特徴
- 現在でも可能な飼育方法のコツやネットオークションでの取引の実態
都道府県別ミズカマキリの絶滅危惧種指定状況と減少理由
まずは、ミズカマキリが現在日本国内でどのような状況に置かれているのか、客観的な情報に基づいて整理してみましょう。 「絶滅危惧種」といっても、全国一律で同じ危険度というわけではなく、地域によって生息状況にはかなり大きな差があります。
- 神奈川では絶滅?地域別の生息状況
- 東京など都市部での絶滅リスク
- 減少の主な原因と生息地の変化
- ビオトープが保全の鍵になる理由
- ヒメミズカマキリとの違いと識別点
神奈川では絶滅?地域別の生息状況
おそらくこの記事を読んでいる方にとって最も衝撃的な事実は、神奈川県においてミズカマキリが「絶滅(EX)」相当と評価されていることではないでしょうか。 これは単に「最近見かけない」というレベルではなく、県のレッドデータ資料において、県内での確実な記録が長期間確認できない(=県内では絶滅したと考えられる)という扱いになっていることを意味します。なお、動物分野について神奈川県で公表されている最新のまとまった資料は2006年の報告書であり、今後の再調査や再確認によって評価が見直される可能性はあります。
神奈川県といえば、横浜や川崎といった大都市だけでなく、箱根や丹沢、三浦半島など、まだ豊かな自然が残されているエリアも多いですよね。それにもかかわらず県内で極めて厳しい評価になっているのは、ミズカマキリが「水田や浅い止水域と周辺環境のつながり」に強く依存する生き物であることを示しています。 他の都道府県の状況も見てみましょう。以下の表に状況をまとめてみました。

| 都道府県 | 指定状況(目安) | 現状の分析と考察 |
|---|---|---|
| 神奈川県 | 絶滅 (EX) | 県内では野外での確実な記録が長期間確認できず、県の資料上「絶滅」扱いとされています。水田環境の改変や水路の構造変化が重なった結果と考えられます。 |
| 東京都 | 絶滅危惧IB類 (EN) | 東京都のレッドリスト(本土部・見直し版)ではEN相当の扱いです。都市化で水系が分断され、局所的な残存にとどまりやすい状況が指摘されています(環境省の全国版ではVU相当として扱われるケースもあります)。 |
| 愛知県 | 情報不足 (DD) | 「情報不足(DD)」は危険度が低いという意味ではなく、評価に必要な情報が十分にそろっていない状態です。実際の分布が局所化している可能性もあるため、継続的な調査が重要です。 |
| 滋賀県 | 準絶滅危惧 (NT) | 湿地や止水域が比較的残りやすい環境がある一方で、減少傾向が指摘される地域もあり、将来的な悪化リスクは残ります。 |
このように、大都市圏を中心に深刻な状況になりやすいことがわかります。
(出典:神奈川県立生命の星・地球博物館『神奈川県レッドデータ生物調査報告書2006(レッドリスト集計結果・一覧)』)
「情報不足(DD)」や「準絶滅危惧(NT)」という評価を見て、「まだ大丈夫なんだ」と安心するのは危険です。 DDは「データが足りない」ことを示すカテゴリで、絶滅リスクが低いことを保証しません。またNTは「現時点では絶滅危惧カテゴリではないが、条件が悪化すれば上位カテゴリに移行し得る」状態を示すことが多く、どちらも警告サインだと捉えるべきかなと思います。
東京など都市部での絶滅リスク
日本の首都、東京でもミズカマキリは厳しい状況です。 東京都のレッドリスト(本土部・見直し版)では「絶滅危惧IB類(EN)」相当として扱われています。区部(23区)では生息環境そのものが乏しく、残るとしても多摩地域の一部や保全された水辺など、かなり限られた場所に偏りやすいと考えられます。
特に大都市圏では、道路や宅地開発、圃場整備などによって、かつて繋がっていた水系が分断されやすくなっています。 ミズカマキリは飛んで移動する能力を持っていますが、飛んだ先に安全な水辺(浅い止水域、植生、越冬できる隠れ場所など)がなければ、定着できません。 神奈川県で「絶滅」扱いになっている事実は、対策を講じなければ他の大都市圏でも同様の事態が起こり得ることを示唆しています。
減少の主な原因と生息地の変化
では、かつてあれほどたくさんいたミズカマキリが、なぜこれほどまでに減ってしまったのでしょうか。 農薬や水質の悪化が影響する可能性はありますが、各地の調査や農村環境の変化を踏まえると、最大の原因は「彼らが住める水田・水路環境の構造的な消失と分断」にあることが見えてきます。
なお、家庭で水槽や小さなビオトープを維持している場合は、殺虫剤や薬剤の種類によって水生生物に影響が出ることもあるため、使用時の注意点は事前に確認しておくと安心です(参考:コバエ殺虫剤の選び方と、水槽がある家での使用注意点)。

乾田化による越冬場所の消失
ミズカマキリは成虫で冬を越す昆虫です。昔の田んぼは、冬の間も湿り気が残る場所や、周辺に落ち葉・草むらなどの隠れ場所が確保されやすく、越冬に利用できる環境が点在していました。
しかし、現代の農業では作業効率を上げるために排水性を高める圃場整備が進み、非かんがい期に田面が乾燥しやすい地域が増えています。これにより、冬を越すための「湿った隠れ場所」が減り、個体群が維持しにくくなったと考えられます。

U字溝が生む「死のトラップ”
さらに影響が大きいとされるのが、水路のコンクリート化です。昔の土の水路なら、緩やかな岸や植物の根などを足場にして出入りできました。
しかし、今の水路の多くはコンクリートの「U字溝」です。垂直に近い壁面は、幼虫や成虫にとって脱出が難しい場合があり、流され続けてしまう、あるいは力尽きてしまうリスクが高まります。

また、水田と水路の間に落差があるパイプライン給水なども、移動のしにくさ(生息地の分断)を強めます。
ビオトープが保全の鍵になる理由
ここまで暗い話が続きましたが、希望の光も残されています。それが「ビオトープ」の存在です。 学校や公園、企業敷地、あるいは個人の庭に作られた人工的な水辺が、住処を追われた水生昆虫の「避難場所(レフュージア)」として機能する例は各地で報告されています。

ミズカマキリについても、周辺に水辺が少ない地域で、ビオトープや小さな止水域に飛来・確認されることがあります。
彼らは成虫になると飛翔して移動できるため、近くに質の良い水辺(浅い場所、植生、農薬が入りにくい環境、越冬できる隠れ場所)が用意できれば、そこが新たな拠点になる可能性があります。 つまり、近隣の水辺が分断されていても「点」としての良い環境が残れば、局所的にでも生き残れる余地があるのです。
「うちの庭に小さな池を作ったら、いつの間にかミズカマキリが来ていた!」なんていう出来事が起こる可能性もゼロではありません。 たとえ小さなスペースでも、水草を植えて農薬が入らない環境を維持することは、地域の個体群を守るための立派な保全活動になります(室内でどうしても虫が気になる時は、薬剤に頼りすぎず、発生源対策や自作トラップを組み合わせる方法もあります:酢とめんつゆで作るコバエ取り自作トラップの配合とコツ)。
ヒメミズカマキリとの違いと識別点
「お!久しぶりにミズカマキリを見つけた!」と思ってよく観察してみたら、なんだか体が小さい……。 そんな時は、もしかすると近縁種の「ヒメミズカマキリ」かもしれません。あるいは、全く別の昆虫である「ヒメイトアメンボ」をミズカマキリの赤ちゃんだと勘違いしているケースもよくあります。
ミズカマキリとヒメミズカマキリはどちらも各地で減少が指摘されており、その生態や見分け方を知っておくことは重要です。

| 特徴 | ミズカマキリ (Ranatra chinensis) | ヒメミズカマキリ (Ranatra unicolor) |
|---|---|---|
| 体長 | 40〜50mm程度(大きい) | 25〜32mm程度(一回り小さい) |
| 呼吸管 | 体長と同じくらい(個体や雌雄で差が出ることもあります) | 体長の2/3程度で、ミズカマキリより短く見える |
| 生息環境 | 水田、池、沼など止水域を中心に幅広い | 浮葉植物・抽水植物が豊かな止水域など、植生が多い環境で見つかることが多い |
特にヒメミズカマキリは、浅くて草の多い止水域など、条件がそろった環境で見つかることが多いとされます。 そのため、地域によってはミズカマキリ以上に確認が難しく、より厳しい評価を受けることもあります。どちらに出会っても、今や超レアキャラであることは間違いありません。
絶滅危惧種ミズカマキリの生態と飼育や販売の実態
ここでは、もし運良くミズカマキリに出会えた場合や、「子供が捕まえてきて飼育したいと言い出した」といった場合に備えて、知っておくべき彼らの生態や、気になる市場の事情について深掘りしていきます。
- 成虫の寿命や飛ぶ習性と越冬生態
- オークションでの販売価格と取引
- 飼育方法と長期生存させるコツ
- 採集は違法?法的規制とマナー
- ミズカマキリを絶滅危惧種にしないために
成虫の寿命や飛ぶ習性と越冬生態
昆虫というと「ひと夏で死んでしまう」イメージがあるかもしれませんが、ミズカマキリは成虫で越冬し、野外での寿命はおおむね1年程度と考えられています。 春に越冬から目覚めた成虫が5〜7月ごろに繁殖に参加し、産卵された卵は2週間ほどでふ化、幼虫は5回の脱皮を経て成虫になります。新成虫は夏〜秋にかけて見られ、その後、落ち葉の下や水辺の隠れ場所などで越冬して次の繁殖期へ向かう、というサイクルです。
成虫越冬するということは、冬の間も隠れられる水辺や湿った落ち葉の下が必要不可欠だということです。 先ほど触れた「乾田化」で冬の湿った場所や隠れ場所が減ると、この越冬が難しくなり、個体数が落ち込みやすくなります。
また、彼らは見た目の細さに似合わず飛翔します。昼間に移動することもあり、灯りに飛来する例が知られています。飼育下では、夜間にふたの隙間から脱走することがあるため注意が必要です。
オークションでの販売価格と取引
「絶滅危惧種なのに売買してもいいの?」と疑問に思う方もいるかもしれませんが、ネットオークション等では出品が見られることがあります。 価格は時期・個体サイズ・出品形式(単品か複数セットか)で幅があり、安価に見える出品もあれば、状態や希少性を理由に高めに設定されることもあります。
ここで注意したいのが、出品個体の説明に「野外採集”やそれに近い表現が含まれるケースがある点です。 これは、野外で捕獲された野生個体である可能性を示します。 安価であるほど気軽に購入されやすく、結果として「お小遣い稼ぎ」目的の乱獲につながる懸念もあります。購入を検討する際は、地域によっては絶滅寸前であることを踏まえ、背景を理解した上で判断する必要があるでしょう。
飼育方法と長期生存させるコツ
もしミズカマキリを飼育する場合は、彼らの寿命を全うさせてあげるためにも、適切な環境作りが必須です。水に入れておけば勝手に生きるほどタフではありません。 飼育下で長期生存させるための重要なポイントをいくつか紹介します。
1. 溺死させないための足場作り
ミズカマキリは呼吸管を水面に出して呼吸します。ツルツルした水槽の壁面では掴まるところがなく、うまく水面に固定できないと、呼吸が維持できずに弱ってしまうことがあります。 必ずオオカナダモ(アナカリス)などの水草や、枯れ枝をたっぷり入れて、水面付近で体を固定して休憩できる場所を作ってあげてください。
2. 生きた餌を与える工夫
彼らは基本的に「動くもの」を捕食します。メダカ、(飼育用に流通する)小型の魚、オタマジャクシなど、サイズの合った生き餌を用意すると食べやすいです。 個体によっては、乾燥アカムシやクリル(乾燥エビ)などをピンセットで軽く動かして与えることで食べる場合もありますが、食いつきには差が出るため、最初は生き餌中心で考えるのが安全です。
3. 強力な脱走防止対策
前述の通り、彼らは飛翔します。水槽には必ず隙間のない蓋をしてください。少しの隙間でも、細い体ならすり抜けてしまうことがあります。
採集は違法?法的規制とマナー
「絶滅危惧種だから、捕まえたら警察に捕まる?」と不安になる方もいるかもしれませんが、法的な整理としては、ミズカマキリは現時点で、種の保存法に基づく「国内希少野生動植物種」には指定されていません。 そのため、種の保存法による一律の捕獲・譲渡規制の対象ではないのが現状です(※指定種は環境省が一覧として公表しています)。
ただし、これには例外があります。 国立公園の「特別地域」や、都道府県・市町村の条例、保護区・保全地区のルールなど、場所そのものが「採集禁止」または「採取を制限”しているエリアでは、当然ながら捕獲は違法となります。
また、「法律で禁止されていない=いくらでも捕っていい」というわけではありません。 地域によっては絶滅寸前の状態ですから、繁殖期に根こそぎ捕まえるような乱獲は絶対に避けるべきです。採集するなら、観察してすぐに逃がすか、責任を持って最後まで飼育できる数匹だけに留めるのが、自然を愛する者のマナーかなと思います。

ミズカマキリを絶滅危惧種にしないために
かつての日本の原風景、里山の象徴でもあったミズカマキリ。 神奈川県で「絶滅”扱いになっている事実は、私たち人間に「身近な自然が、気付かないうちに失われている」という現実を突きつけています。
もし自然の中で彼らを見かけることがあったら、むやみに持ち帰るのではなく、そっと観察して「まだここにいてくれたんだ」と感謝する。 あるいは、庭やベランダに小さなビオトープを作って、彼らが飛んでくるのを気長に待ってみる。 そんな「見守る」関わり方こそが、今のミズカマキリには必要とされているのかもしれませんね。 この記事が、皆さんとミズカマキリとの関係を考えるきっかけになれば嬉しいです。


