Mrs. GREEN APPLEの4thフルアルバムとして知られる『Attitude』。
その表題曲でありながら、初の全国アリーナツアー「エデンの園」のセットリストで歌われなかった事実に、当時の映像作品やレポートを見て「なぜ?」と感じた方も多いのではないでしょうか。
「なぜ一番重要なタイトル曲を歌わなかったの?」という素朴な疑問。そこには、作品全体の演出意図(ライブの“物語”を優先する設計)や、楽曲が要求する高い歌唱負荷、そしてフェーズ1終盤という時期性が重なった結果として説明できる面があります。
さらに、活動再開を告げた復活ライブ『Utopia』での“解禁”が強烈だったからこそ、この曲の歩みがよりドラマとして語られるようになりました。
今回は、当時のツアー演出の視点を交えながら、Attitudeという楽曲がなぜ歌われなかったのか、その背景と現在の位置付けについて、熱量を込めて深掘りしていきます。
- エデンの園ツアーで表題曲がセットリストから外された決定的な理由
- 大森元貴さんが語った「説明書」という概念とライブ演出の関係性
- 活動再開ライブUtopiaの1曲目で解禁された感動的な背景ストーリー
- 現在のライブにおける演奏頻度や楽曲が持つ意味の変化
エデンの園でAttitudeを歌わない理由の真相
まずは時計の針をフェーズ1の大型章、2019年12月から開催された初の全国アリーナツアー『エデンの園』に戻してみましょう。アルバム『Attitude』期の流れの中にありながら、そのタイトル曲「Attitude」が演奏されなかったことは、ファンの間でも長く“謎”として語られてきました。単なる気まぐれや時間の都合というより、ライブ全体の完成度を最優先した結果として「入れない」判断が成立した、と捉える方が整合的です。
- エデンの園のセトリにない背景
- 大森元貴による説明書という定義
- 歌詞の意味とコンセプトの矛盾
- 歌唱難易度と技術的な壁
- フェーズ1完結期の精神状態
エデンの園のセトリにない背景

当時、横浜アリーナや国立代々木競技場 第一体育館での公演に参加された方、あるいは後に発売された映像作品をご覧になった方は肌で感じたかと思いますが、あのライブのセットリスト構成は、エンターテインメントとして非常に高い完成度で組み上げられていました。
完成されたパズルにピースが入る隙間がなかった
セットリストは、会場の熱量を一気に引き上げる曲から始まり、感情のピークを作る曲を挟み、物語性のある余韻で締める――という流れが強固です。実際、『エデンの園』の映像作品で確認できる1曲目は「インフェルノ」で、終盤(本編の締め)に「Folktale」が置かれる構成でした。こうした緻密に計算された世界観の中に、「Attitude」が入り込む“役割の席”が最初から用意されていなかった、という見方は十分に成り立ちます。
| 楽曲ポジション | 採用曲 | 役割と演出意図 |
|---|---|---|
| 開幕(OP) | インフェルノ | 圧倒的な攻撃力と知名度で会場を一気にヒートアップさせ、観客を掴む |
| 中盤(核) | 僕のこと | 会場全体を包み込むアンセムとして感動のピークを作り、涙を誘う |
| 終盤(ED) | Folktale | 物語の終わり(家路)を示唆し、温かい余韻を残して日常へ帰す |
| 不在 | Attitude | 置き場所がない(OPには内省的すぎ、EDには毒がありすぎる) |
通常、アルバムの表題曲はライブの軸になりがちです。しかし『エデンの園』は、強力な代表曲群と“物語としての流れ”があまりに強固でした。その結果、表題曲であるにもかかわらず、あえて「外す」判断が最も整合的だった――そう捉えるのが自然です。
大森元貴による説明書という定義
ここが今回の核心部分になるのですが、作詞作曲を手がける大森元貴さんはインタビューで、楽曲「Attitude」を「このアルバムの説明書になるような曲」と表現しています。
「このアルバムの説明書になるような曲」
加えて、もともとはこの曲を書くつもりがなかったとも語られており、アルバムが想像以上に難解で重みのある内容になったため、入口として機能する曲が必要になった、という流れで整理できます。ここでの「説明書」は、リスナーが作品世界に入るためのガイド、というニュアンスに近いでしょう。
(出典:Skream! インタビュー「Mrs. GREEN APPLE」(2019年10月))
ライブは「体験」であって「解説」ではない
これをライブ演出の視点で考えてみましょう。ライブ会場に足を踏み入れた時点で、観客はすでに「エデンの園」という完成された世界(アトラクション)の中にいます。アトラクションを楽しんでいる最中に、わざわざ「このアトラクションの構造はこうなっています」という“説明”を前面に出す必要はないですよね。
つまり、没入型のライブ空間において、作品を外側から整理する役割(説明書的な立ち位置)を強く持つ「Attitude」を歌うことは、観客の没入を切ってしまうノイズになり得る。そう判断された可能性は十分にあります。「説明書は家で読んでくれ、ここは楽園なんだから」というメッセージとして受け取ることもできます。
歌詞の意味とコンセプトの矛盾

歌詞の内容に踏み込むと、さらに“相性”の問題が見えてきます。「Attitude」には、クリエイターとしての苦悩や世の中へのアイロニー、そして感情の生々しさが濃く含まれています。一方で、ツアータイトルの『エデンの園』は、旧約聖書に登場する「楽園」を想起させる言葉です。
楽園に「現実の苦悩」は似合わない
「Attitude」は、内面を吐露するドキュメンタリー性の強い曲として聴けます。対して『エデンの園』は、非日常の祝祭として観客を包むコンセプトが前面に立つタイトルです。
エデンの園(非日常の楽園) vs Attitude(現実の苦悩と毒)
この二つの要素は、コンセプトとして水と油のような関係だったのかもしれません。
祝祭空間で、生々しい苦悩や社会へのアイロニーを正面から突きつけることは、演出上の狙いと衝突する可能性があります。「ここでは現実を忘れて楽しんでほしい」という方向へ振り切るなら、あえて封印する判断も成立します。
歌唱難易度と技術的な壁
演出だけでなく、物理的な負荷も無視できません。実際に歌ってみると、息が続かない・言葉が追いつかないと感じやすいタイプの曲です。一般的に見ても、この曲は歌唱負荷が高い部類に入ります。
Attitudeが持つ3つの技術的ハードル
- 息継ぎ(ブレス)の少なさ:テンポ感が速く言葉数も多いため、ブレス位置がシビアになりやすいです。
- 音域の乱高下:地声と裏声(ミックスを含む)の切り替えを短いスパンで要求され、喉への負担が増えやすいです。
- 感情表現の切り替え:荒々しさと繊細さが同居するため、表現を保ったまま歌い切る難度が上がります。
アリーナツアーは日程が続き、セットリスト全体で喉と体力のマネジメントが必要です。高負荷の曲が複数並ぶ中で、さらに消耗の大きい「Attitude」を組み込むことは、当時のリスク管理として避けられた可能性があります。
フェーズ1完結期の精神状態
当時のMrs. GREEN APPLEは、フェーズ1完結へ向かう大きな流れの中にいました。後年の公式プロフィールでも、2020年7月8日に“フェーズ1完結”と活動休止が発表され、約1年8ヶ月を経て2022年3月に“フェーズ2開幕”とされる経緯が整理されています。こうした時期性を踏まえると、楽曲「Attitude」が内包する“自己告白”を、アリーナという大舞台で連続的に鳴らし続けることが、精神的にも重かった――という見方には一定の説得力があります。
「Attitude」は、自分たちの姿勢を表明する曲であると同時に、痛みや孤独を覗かせる曲でもあります。当時の状況を想像すると、「あえて歌わなかった」というより、「歌うことの負荷が大きすぎた可能性がある」と表現する方が、事実関係としても慎重で適切でしょう。
現在はAttitudeを歌わない理由が消滅
しかし、時が経ち、バンドは活動休止を経てフェーズ2へと突入しました。公式プロフィールでは、約1年8ヶ月の活動休止を経て現在の体制になり、2022年3月に“フェーズ2開幕”として活動再開、同年7月8日に『Utopia』開催と『Unity』リリースが並走した流れが示されています。こうした環境の変化によって、「Attitude」が担う意味合いも変化し、かつての「歌わない理由」は相対的に薄れていきました。なお、体制変遷をもっと整理したい方は、ミセスは元々何人?初期メンバーや脱退理由の真実を徹底解説も合わせて読むと理解が深まります。
- Utopiaライブでの劇的な復活
- DVDで確認できる涙の訳
- 現在のライブにおけるレア度
- アルバム表題曲としての進化
- Attitudeを歌わない理由の総括
Utopiaライブでの劇的な復活

2022年7月8日、活動再開の象徴として開催されたアリーナライブ『Utopia』。映像作品『ARENA SHOW “Utopia”』の収録曲順でも、オープニングに続く最初の楽曲として「Attitude」が配置されています。
「エデンの園」で待望されながら歌われなかったこの曲が、新章の幕開けとなる最初の音として鳴らされたこと自体が、強いメッセージになりました。
フェーズ1時代:「アルバムの説明書」として“外側”に置かれた
フェーズ2開幕:「バンドの姿勢(マニフェスト)」として“正面”に提示された
かつてはライブの没入感を切る可能性があった“説明書”的な曲が、活動休止という時間を経たことで、「これが新生Mrs. GREEN APPLEの姿勢(Attitude)だ」と宣言するための起点へ変わった――ここに『Utopia』での配置の意味があると考えられます。
DVDで確認できる涙の訳
『Utopia』のDVD/Blu-rayをお持ちの方は、ぜひ改めてこのシーンを観返してみてください。演出やカメラワークも含め、当日の緊張感や解放感が伝わる場面が多く、見る人によっては大森さんが感極まっているように受け取れる瞬間もあります。
歌詞にある「腐ってなんかいない」というフレーズは、活動休止を挟んだ再出発の文脈と重ねて聴かれやすく、当日の空気をより強くする要素になりました。
あの涙(のように見える表情の揺れ)を、“言葉にしきれなかった感情が、ようやくライブという場で解放された結果”として受け取るファンが多いのも自然です。ただ上手いだけではない、局面の重みがそこにありました。
現在のライブにおけるレア度

では、フェーズ2以降は頻繁に歌われているかというと、実はそうでもありません。たとえば『Mrs. GREEN APPLE DOME LIVE 2023 “Atlantis”』の公式レポートに掲載されたセットリストには「Attitude」が含まれておらず、常に入る“定番枠”というより、状況に応じて選ばれる曲になっていることが分かります。
「Magic」や「ケセラセラ」「ダンスホール」といったフェーズ2を代表する大ヒット曲が中心となる中で、「Attitude」はここぞという局面、例えば“章の切り替わり”や強いメッセージを打ち出したいタイミングで切られる「切り札」的なレア曲として機能している印象です。ステージ体制やサポート編成の変化も含めてライブの見え方が気になる方は、ミセスサポートメンバー変わった?ドラム交代の理由と新体制を解説も参考になります。
頻繁に演奏されないからこそ、イントロが流れた瞬間の「来た!!」という爆発力と特別感は維持され続けています。
アルバム表題曲としての進化
発売当初は「アルバム世界に入るためのガイド(説明書的な役割)」として語られたこの曲ですが、今では「Mrs. GREEN APPLEというバンドの歴史と姿勢そのもの」を象徴する曲へと育っています。
歌われなかった「空白の期間(エデンの園)」があったからこそ、この曲には“不在の物語”が付加されました。ファンもその文脈を共有しているため、単なる一楽曲を超えた、バンドとファンを繋ぐ絆のような、ある種の「聖域」のような存在になっているのだと思います。
Attitudeを歌わない理由の総括
最後にまとめとして、「Attitude 歌わない理由」という検索意図に対する答えを整理します。
かつて『エデンの園』で歌われなかったのは、ライブの没入感(物語としての流れ)を優先した結果、説明書的な立ち位置の楽曲を“入れない方が完成する”と判断された可能性、そしてツアー運用上の歌唱負荷・消耗の大きさが重なったことが主因として説明できます。しかし、その「歌わなかった事実」こそが、後の『Utopia』での象徴的な解禁を際立たせる伏線にもなりました。
現在では「歌わない」のではなく、「特別な瞬間のために大切にされている」と捉えるのが最もしっくり来るでしょう。もし次のライブでこの曲に出会えたら、その時はバンドからの強いメッセージだと思って、一音一句逃さずに受け止めたいですね。
※本記事における考察は、公開情報(公式プロフィール/公式レポート/公式作品の収録曲情報等)を踏まえつつ、演出意図や受け取り方については筆者の見解を含みます。正確な情報は必ず公式のディスコグラフィや映像作品をご確認ください。

