ドラマ『輝く星のターミナル(韓国原題:여우각시별/英題:Where Stars Land)』の最終回、みなさんはもうご覧になりましたか?空港という出会いと別れの場所を舞台に、事故による後遺症という「見えにくい困難」を抱えながらも懸命に生きるイ・スヨンと、彼を愛するハン・ヨルムの物語。毎回涙なしでは見られない展開に引き込まれ、ついに迎えた最終回(全32話のラストシーン)。
1年の時を経て、ヨルムが到着ロビーでスヨンを見つけ、駆け寄って強く抱きしめる……。本来なら、視聴者が一番カタルシスを感じる最高の瞬間ですよね。でも、そこでふと「あれ、なんで顔が映らないの?」という巨大な疑問符が頭をよぎりませんでしたか?
感動の再会なのに、肝心のスヨンの顔がはっきり見えない演出。「もしかして代役?」「いや、何か深い意味があるの?」と、もやもやした気持ちを抱えたまま、検索窓に「輝く星のターミナル 最終回 顔が映らない理由」と打ち込んで、この記事にたどり着いてくださったのだと思います。実際、この“顔を見せないエンディング”は放送直後から話題になり、代役説まで含めて議論が広がりました。
今回は、スケジュールの都合による代役説の真偽から、制作側がこの演出に込めた(と考えられる)意図まで、徹底的に深掘りしていきます。
- ラストシーンでイ・ジェフンの顔が見えなかった物理的な理由と真相
- 「代役だったのではないか」という噂に対するスケジュール面からの検証
- 顔を隠す演出に込められた監督や脚本家の本当の意図
- 視聴者がこの結末に対して抱いた感想や評価のまとめ
輝く星のターミナル最終回で顔が映らない理由と代役説
まずは多くの視聴者が一番気になっている「物理的な疑問」から解消していきましょう。あの感動的なラストシーンで、なぜ私たちは主人公の顔を拝むことができなかったのでしょうか。ネット上でまことしやかに囁かれている「イ・ジェフン不在説」や「代役説」について、事実関係を整理します。
- ラストシーンで起きた視覚的違和感
- イ・ジェフン本人が演じた確証
- 映画スケジュールのデマを検証
- 過去のスタントマン使用と区別
- メイキング映像に残る撮影風景
- 1年後の再会あらすじとネタバレ
ラストシーンで起きた視覚的違和感

最終回のラスト、空港の到着ロビーでヨルムがスヨンを見つけて駆け寄るシーン。間違いなくこのドラマのクライマックスです。しかし、カメラワークは意図的とも言えるほど独特でした。
まず、人混みの中に立つスヨンの全身が映りますが、遠すぎて表情までは読み取れません。次にヨルムが彼を見つけ、駆け寄ります。ヨルムの表情はしっかりとアップで映し出され、彼女が涙を流して安堵し、愛しさを爆発させる姿に私たちも感情移入します。
ところが、抱きしめられたスヨンの方はどうでしょう。カメラが捉えるのは以下のパーツのみです。
- 広い背中
- 抱きしめる腕
- ヨルムの肩越しに見える、ピントの甘い横顔のライン
視聴者としては「ここで顔を見せてくれ!元気な笑顔を見せてくれ!」と叫びたくなる瞬間ですが、カメラは頑なに彼の正面を映そうとしません。まるで、彼の顔だけが隠されているかのようなアングルです。
この「焦らし」とも取れる徹底したカメラワークが、視聴者に「もしかして撮影時に本人がいなかったから、顔を映せなかったのでは?」という疑念を抱かせる原因となりました。
イ・ジェフン本人が演じた確証
結論から言います。少なくとも「代役だったと断定できる根拠」は見当たりません。むしろ、放送直後の韓国芸能記事では、当該シーンはイ・ジェフン本人が直接撮影した旨が伝えられています。
制作側から「代役を使いました」という公式発表はなく、また“代役使用”が事実なら(視聴者の反応が大きかった以上)訂正や説明が出やすい類の話題です。それが出ていない点も踏まえると、代役説は「顔を見せない編集・演出」から生まれた憶測の域を出ないと考えるのが自然です。
そして重要なのは、顔を見せなかったこと自体が、むしろ「本人がそこにいた/いたはずなのに、演出として正面を見せなかった」と受け取られている点です。実際、視聴者やメディアが“顔が映らない”ことを問題として取り上げるほど、あのカメラワークは意図的でした。
映画スケジュールのデマを検証
では、なぜ「代役説」が出回ったのでしょうか。その根拠の一つとして「映画の撮影スケジュールが被っていたから、最終回の撮影に参加できなかったのではないか」という噂があります。
具体的には、映画『狩りの時間(Time to Hunt)』の撮影や、バラエティ番組『トラベラー』への参加が理由として挙げられていました。そこで、公開されている時系列情報をもとに、どこまでが事実として整合するのかを確認します。
なお、こうした「不在説」や「引退説」のような噂は、一次情報と時系列で整理するだけで見え方が変わることが多いです。検証の考え方が気になる方は、なるせがストグラをやめた理由は?引退説と多忙な裏側を徹底検証も参考になります。
時系列によるスケジュールの完全整合
当時のイ・ジェフンさんの活動スケジュールを整理してみました。
| プロジェクト | 時期 | ドラマ撮影との関係 |
|---|---|---|
| 映画『狩りの時間』 | 2018年1月〜2018年7月15日(撮影) | ドラマは2018年秋放送。時期的に一部の準備期間と近い可能性はあるが、最終盤(放送直前〜放送中)に「映画が原因で最終回に不在」と言い切る材料にはならない |
| ドラマ放送期間 | 2018年10月1日〜11月26日 | 放送直後に「本人が撮影した」と報じられており、欠席を裏付ける公的情報は見当たらない |
| バラエティ『トラベラー』 | 2018年12月26日〜2019年1月10日(キューバ撮影)/2019年2月21日〜4月25日(放送) | ドラマ終了後にキューバ撮影が始まるため、少なくとも放送期間中の拘束とは分離できる |
ポイントは、「作品同士が“同じ年”に並んでいる」ことと、「最終回の撮影に本人がいなかった」ことは別問題だという点です。『狩りの時間』は2018年1月に撮影が始まり、7月15日に撮影完了とされます。一方で『トラベラー』のキューバ撮影は2018年12月下旬からです。つまり、最終回の撮影が行われたとみられるドラマ終盤(少なくとも放送直前〜放送中)に、これらの案件が“本人不在”を必然化する流れにはなりにくい、という整理になります。
過去のスタントマン使用と区別

視聴者が疑心暗鬼になったもう一つの理由に、「映像作品ではアクション場面でボディダブルが使われることがある」という前提があります。空港内で危険が伴う動きや転倒・格闘などが入るシーンでは、俳優の安全を最優先してスタントマン(ボディダブル)を起用するのは珍しくありません。
そのため視聴者の中には、序盤〜中盤のアクション場面で「後ろ姿や体格が違うように見えた」と感じた記憶が残っていて、「また今回も代役を使ったのでは?」と連想してしまった人もいたようです。
しかし、アクションシーンと静かな抱擁シーンでは事情が全く異なります。危険なスタントならともかく、ただ空港に立ってヒロインを抱きしめるだけの演技シーンで、わざわざ代役を使う必然性は低いです。加えて、放送直後の報道では当該シーンが本人撮影とされています。
メイキング映像に残る撮影風景
「決定打」としては、放送後に複数メディアが“エンディングで顔が映らない”点を取り上げる中で、該当シーンは本人が直接撮影したと伝えられていることです。つまり、制作現場の都合で“本人がいないから顔を撮れなかった”という筋立てよりも、演出・編集の選択として“顔を映さなかった”可能性が高い、という整理になります。
つまり、「顔が映らなかった」のは、俳優がいなかったからではなく、100%「あえて顔を映さなかった」という制作側の強い意志による演出だと考えるのが妥当です。
1年後の再会あらすじとネタバレ
ここで少し、最終回の状況をおさらいしておきましょう。
スヨンはウェアラブル(装着型の補助装置)に頼らざるを得ない事情を抱え、無理な使用を重ねたことで身体に大きな負担が蓄積していきました。終盤では「このままでは持たない」レベルの状態に追い込まれ、ヨルムに別れを告げて姿を消します。
そして1年後、ヨルムは彼を待ち続けながら、変わらず仁川空港で働いています。
そこへ「スヨンが戻ってきたらしい」という気配が生まれ、彼女は必死に空港中を探し回ります。ついに到着ロビーの人混みの中に彼を見つけ、駆け寄るヨルム。スヨンが以前のように装置を使っているのか、治療で状態がどう変化したのかは、視聴者に対して説明し切られないまま、二人は再会を果たしました。
この物語の締めくくりとして、具体的な説明(セリフ)も、スヨンの表情(視覚情報)も削ぎ落とし、ただ抱擁だけを見せる演出が選ばれたのです。
輝く星のターミナル最終回で顔が映らない理由と制作意図
本人が演じているのなら、なおさら疑問ですよね。なぜシン・ウチョル監督と脚本家カン・ウンギョン氏は、視聴者が一番見たがっている「イ・ジェフンの笑顔」を見せてくれなかったのでしょうか。ここからは、作品のテーマや演出意図について、少し深掘りして考察してみます。
なお、作品の基本情報(放送期間・制作陣など)は、SBS公式の番組ページでも確認できます。(出典:SBS『여우각시별(Where Stars Land)』公式サイト)
- 平凡な日常へ戻った結末の意味
- ヨルムの視点を重視した演出
- 視聴者が抱いた消化不良の感想
- サブカップルのハッピーエンド
- 輝く星のターミナル最終回で顔が映らない理由の完全結論
平凡な日常へ戻った結末の意味

このドラマの主人公イ・スヨンの願いを思い出してみてください。彼は特別なスーパーヒーローになりたかったわけではありません。むしろ作品全体を通して、目立つことよりも、誰にも気づかれない普通の日常に価値を置く人物として描かれていました。
装置があることで彼は“特別な力”を持つように見え、空港内で否応なく注目を浴びる「異質な存在」に近づきます。しかし最終回の彼は、少なくとも“ドラマが追い続けた危機の渦中”からは一度距離を置いた状態で戻ってきた、と受け取れる形になっています。
顔をはっきりとクローズアップせず、空港を行き交う群衆の中に溶け込ませるような撮り方をすることで、彼が「特別な主人公」ではなく「日常へ戻る一人の人間」として再会したことを視覚的に強調したかった——という読み方は十分に成立します。
ヨルムの視点を重視した演出
もう一つの解釈として、あのシーンは「客観的な映像(第三者の目)」ではなく、「ヨルムの主観的な体験」を極限まで優先した演出だった可能性があります。
想像してみてください。1年間待ち続けた愛する人に、力いっぱい抱きしめられたとき。顔を胸に埋めた状態では、相手の顔は見えませんよね。見えるのは肩越しに広がるアウトフォーカスした空港の景色だけで、感じるのは懐かしい体温や匂い、そして力強い鼓動だけです。
制作側がスヨンの顔という分かりやすい視覚情報をあえて遮断することで、視聴者に対して「ヨルムが今、全身で感じている安堵感」を追体験させようとした——という考察も成り立ちます。顔を見るよりも、抱きしめられる感覚。視覚よりも感情に訴えかける、余韻重視の選択だったのかもしれません。
視聴者が抱いた消化不良の感想
とはいえ、制作側の意図が視聴者にそのまま伝わったかというと、正直なところ難しい部分がありました。むしろ、多くのファンにとっては不満の残る形となってしまったようです。
放送終了後、メディアでも「なぜ最後に顔を見せないのか」「大事な再会で顔が映らないのは惜しい」といった趣旨で取り上げられ、視聴者の戸惑いが可視化されました。
「ひどい」「つまらない」と言われがちな作品でも、批判のポイントを分解して「何が誤解で、何が演出意図なのか」を整理すると見え方が変わることがあります。近い読み解き方として、アークナイツのアニメはひどい?つまらないと言われる理由と真の評価も参考になります。
私たち視聴者は、32話もの長い間、スヨンの痛みや苦しみを親身になって見守ってきました。その「報酬」として、最後は元気になったスヨンの晴れやかな笑顔を見て、「ああ、本当によかった」とスッキリしたかったのが本音です。顔が見えないことで、「まだどこか具合が悪いのでは?」「もしかしてこれはヨルムの見た夢なのでは?」という余計な心配を消しきれなかった点が、この演出の最大のデメリットでした。
サブカップルのハッピーエンド

この「消化不良感」をさらに強めたのが、サブカップルであるオ・デギとナ・ヨンジュの結末でした。
彼らのカップルは非常に明確に、明るくハッピーに描かれました。不器用だったデギが気持ちを示し、ヨンジュがそれを受け止め、二人の関係が前へ進むことが分かる締め方。これがあまりにもスッキリしていたため、「なんで主役の二人だけこんなに曖昧なの?」という不公平感を感じてしまった視聴者も多かったようです。サブカップルの扱いが良かっただけに、メインカップルの「顔隠し」演出との対比が際立ってしまいましたね。
輝く星のターミナル最終回で顔が映らない理由の完全結論
まとめると、輝く星のターミナル最終回で顔が映らなかった理由は、「俳優のスケジュール都合や代役ではなく、意図的な演出(編集・カメラワーク)の選択」である可能性が極めて高いです。放送直後の報道でも、当該シーンは本人撮影とされています。
「平凡になりたかった男が、群衆の中に紛れて、ただ一人の愛する女性と再会した」というメッセージを、説明的な映像ではなく、余韻のある映像美として表現したかった——そんな狙いがあったのかもしれません。それが「分かりやすさ」を求める視聴者のニーズと少しすれ違ってしまった、というのが実態に近い気がします。
視聴者としては「顔を見せてくれ!」と言いたくなる気持ちも大いに分かりますが(私も画面に向かって言いました!)、二人が再会し、ヨルムがあれだけ幸せそうな涙を流していたこと。それこそが、スヨンが戻ってきた何よりの証拠だと思って、この結末を噛み締めるのが良いかもしれませんね。
どうしてもイ・ジェフンさんの顔を堪能してスッキリしたい!という方は、彼がこの後に主演した『模範タクシー』などを見て、アクションと爽快な笑顔を補給するのもおすすめですよ。

