ガーデンハックルベリーを初めて手にしたとき、レシピを見て「えっ、ジャム作りになぜ重曹が必要なの?」と疑問に思ったことはありませんか?私も最初は、ブルーベリーやイチゴと同じ感覚で、「砂糖でコトコト煮込めば美味しくなるはず」と信じていました。
しかし、実際にレシピを調べてみると、そこには「重曹を入れて煮る」「緑色の煮汁を捨てる」といった、およそジャム作りとは思えない化学実験のような工程が並んでいます。ネットで検索すると、「重曹なしで作れないか」「代用品はないか」といった疑問に加え、「煮汁が強烈な緑色になる」「毒性があるのでは」という不安なワードまで飛び交っており、心配になってしまうのも無理はありません。
実は、この一見奇妙な工程には、ガーデンハックルベリーという植物の特性に基づいた、明確かつ合理的な「科学的理由」が存在します。このメカニズムを知れば、あの衝撃的な緑色も、面倒な茹でこぼしも、すべてが美味しいジャムを作るための「成功への伏線」だと理解できるようになりますよ。
- 重曹が頑固な皮を劇的に柔らかくする科学的な仕組み
- 煮汁が毒々しい緑色に変化する理由と、毒性への安全性
- ベーキングパウダーでは代用できない成分的な根本原因
- 失敗しないための下処理手順と、鮮やかな色に復元するテクニック
ハックルベリージャムに重曹はなぜ必要?
ガーデンハックルベリーのジャム作りにおいて、重曹は風味付けや隠し味といったレベルのものではなく、可食化(食べられる状態にすること)プロセスの核心を担う重要な触媒です。なぜこれほどまでに重曹が重要視されるのか、その背景には「物理的な硬さ」「化学的な成分変化」「安全性」という3つの側面が絡み合っています。
重曹なしだと皮が硬く残る理由

まず結論から申し上げますと、重曹を使わずにガーデンハックルベリーを長時間煮込んでも、皮はなかなか十分には柔らかくならず、ジャムらしいとろける食感になりにくいのが実際です。
私たちが普段口にするブルーベリーやラズベリーなどのベリー類とは異なり、ガーデンハックルベリーは植物学的には「ナス科」に属します。つまり、果物というよりはナスやトマト、あるいはジャガイモに近い野菜の親戚なのです。そのため、果皮の細胞壁構造が非常に強固で緻密にできています。
アルカリが細胞の結合を解く
植物の細胞同士は、「ペクチン」という多糖類で糊付けされるように結合しています。ガーデンハックルベリーの皮はこの結合が極めて強いのですが、ここに重曹(炭酸水素ナトリウム)を加えて弱アルカリ性の環境で加熱すると、ペクチンが分解(β-脱離反応)され、細胞同士の結びつきが劇的に緩みます。
これがいわゆる「軟化」のメカニズムです。山菜のアク抜きで重曹を使うのと原理は同じですね。
もし重曹なしで無理やりジャムにしようとすると、中身だけが溶けて皮だけが残り、口の中でいつまでもゴムのように噛み切れない不快な食感になってしまいます。とろけるような美味しいジャムにするためには、この「アルカリ処理」による細胞壁の崩壊が必須の工程なのです。
煮汁が緑色になる変色の仕組み

重曹を入れてひと煮立ちさせると、鍋の中の水が一瞬にして毒々しいほどの深緑色に変わります。初めて見る方は間違いなく「失敗した!」「何かの毒が出た!?」と焦るはずです。しかし、安心してください。これは化学的に正しい、正常な反応です。
この強烈な色の正体は、ハックルベリーに桁違いに含まれている色素成分「アントシアニン」です。アントシアニンは、周囲の環境(pHバランス)によってカメレオンのように色を変える性質を持っています。
| pH環境 | 色の状態 | 調理の段階 |
|---|---|---|
| 酸性 | 赤色 〜 赤紫色 | 生の果実 / 仕上げ(レモン汁投入後) |
| 中性 | 紫色 | 水洗い時など |
| アルカリ性 | 緑色 〜 黄色 | 重曹を入れて煮込んでいる最中 |
重曹は水に溶けると弱アルカリ性を示します。そのため、皮が柔らかくなって煮汁中に溶け出した大量のアントシアニンがアルカリと反応し、構造変化を起こして緑色を呈しているのです。
この現象は、小学校の理科で習う「紫キャベツの実験」や、「ホットケーキにブルーベリーを入れると緑色になる現象」と全く同じ原理です。見た目のインパクトは凄いですが、毒性による変色ではありません。
苦味やアクを抜くための役割
ガーデンハックルベリーは、そのままかじると美味しくありません。ナス科特有の青臭い匂いと、舌に残る独特の「えぐみ」があるからです。
重曹を使って細胞壁を意図的に壊すことは、皮を柔らかくするだけでなく、果実の内部に閉じ込められている苦味成分(アク)を効率よく外に溶かし出す効果も担っています。
組織がボロボロに崩れることで、内部の成分が一気に煮汁中へ放出されます。あの緑色の煮汁には、色素だけでなく、美味しくない雑味やアクもたっぷりと溶け出しているのです。
この緑色の煮汁を一度しっかりと「茹でこぼし」て捨てることで、雑味のないクリアな味わいのジャムに生まれ変わります。重曹は、皮を溶かすと同時に、不要な成分を追い出す洗浄剤のような役割も果たしているわけですね。
ソラニンの毒性と完熟果の安全性

「ハックルベリーには毒があるから危険」という噂を聞いて不安になっている方もいるかもしれません。これに関しては、正しい知識を持って向き合うことが大切です。
ナス科の植物には、天然毒素である「ソラニン」や「チャコニン」といったグリコアルカロイドが含まれることがあります。ジャガイモの芽や緑化した皮に含まれることで有名ですね。
ガーデンハックルベリーの場合、「未熟な青い実」にはこれらの成分が高濃度に含まれている可能性があるため、絶対に食べてはいけません。一方で、完熟して真っ黒になり、ツヤがなくなった状態の果実ではグリコアルカロイド量が減少する傾向が報告されており、地域によってはジャムやパイなどに利用されています。ただし、品種や栽培条件によって含有量に大きな幅があることも研究で示されているため、「完熟すれば毒性が完全に消える」と言い切ることはできません。食用品種を用い、未熟果を取り除き、常識的な量を調理して食べることが前提になります。
重曹茹での工程は、食感の改善だけでなく、万が一微量に残存していたえぐみの原因となる一部の水溶性成分を煮汁とともに薄めて排出させる、追加の安全策としても機能すると考えられます。ただし、ソラニンなど多くのグリコアルカロイドは加熱に強く水にも溶けにくいことが知られており、茹でこぼしだけで毒性成分を完全に除去できるわけではありません。あくまで「未熟果を使わない」「大量に食べ過ぎない」といった基本的な注意と組み合わせて、安全性を確保することが大切です。
ソラニンなどの天然毒素に関する一般的なリスクについては、公的機関の情報も参考にしてください。
(出典:農林水産省『ソラニンやチャコニンによる食中毒にご注意ください』)
また、家庭での手作りだけでなく市販食品の安全性が気になる方は、パックご飯の成分や保存技術を詳しく解説したサトウのご飯に添加物はある?安全性と成分を調査!も、安全な食生活を考える上で参考になります。
ブルーベリーとの違いと栄養価
「こんなに手間がかかるなら、最初からブルーベリーを使えばいいのでは?」と思う方もいるでしょう。確かに手間はかかりますが、ガーデンハックルベリーにはそれを補って余りある魅力があります。
特筆すべきは、そのアントシアニンの含有量が非常に多いことです。分析結果には幅がありますが、乾燥重量あたりで見ると、ガーデンハックルベリーの成熟果は数百〜数千 mg/100g DW 程度のアントシアニンを含むと報告されており、ブルーベリーに匹敵する、あるいはそれ以上の高いレベルのアントシアニン源になり得ます。PCやスマホで目を酷使する現代人にとって、この強力な抗酸化成分は非常に魅力的です。
また、栽培の容易さも大きな違いです。ブルーベリーは酸性土壌を好み、収穫できる木に育つまで数年かかりますが、ガーデンハックルベリーは一年草です。春に種を撒けば、その年の秋にはバケツ一杯分ほどの大量の実を収穫できてしまいます。この「手軽に大量生産できるスーパーフード」という側面が、多くの家庭菜園ファンを惹きつけて止まない理由なのです。ブルーベリーの樹を本格的に育てて収穫量を増やしたい場合は、品種の組み合わせや受粉戦略を詳しく解説したブルーベリーとラビットアイの組み合わせで成功する育て方も参考になります。
ハックルベリージャムの重曹はなぜ代用不可?
「家にたまたま重曹がないから、他のもので代用できないかな?」と考える方も多いはずです。しかし、ガーデンハックルベリーのジャム作りに関しては、重曹(炭酸水素ナトリウム)の代わりになるものは基本的にありません。その理由を科学的に解説します。
ベーキングパウダーで代用できない訳
お菓子作りで使う「ベーキングパウダー」なら、重曹も入っているし代用できそうに思えますよね。しかし、これはおすすめできません。
ベーキングパウダーは、主成分である重曹(アルカリ性)に加えて、酒石酸などの「酸性剤」や、保存性を高める「コーンスターチ(デンプン)」が配合されています。これらは、水を加えて加熱した際に化学反応を起こして炭酸ガスを発生させ、最終的に生地の中で「中性」になるように精密に調整されています。
ハックルベリーの強固な皮を溶かすために必要なのは、持続的な「アルカリ性の力」です。ベーキングパウダーを使うと、アルカリ性が酸性剤によって打ち消されてしまうため、皮を溶かすパワーが圧倒的に足りません。
結果として、いくら煮ても皮が十分に柔らかくならず、中途半端な硬さが残る残念な仕上がりになってしまいます。数百円で手に入る食用の重曹(タンサン)を、必ず用意するようにしてください。
失敗しない重曹でのアク抜き手順

私がいつも実践している、失敗しないための具体的な下処理手順をシェアします。この通りにやれば、硬い皮もトロトロになりますよ。
- 洗う・選別:
ヘタを取り、実をよく洗います。この時、緑色の未熟な実が混ざっていないかチェックし、あれば取り除きます。 - 重曹湯を作る:
鍋にたっぷりのお湯を沸かし、沸騰したら重曹を入れます。(目安:水1リットルに対して重曹小さじ1程度) - 煮込む(アルカリ処理):
実を入れて10分〜15分ほど煮ます。お湯がすぐに深緑色に変わり、泡が出てきますが、そのまま煮続けます。指で実を摘んでみて、皮がズルっと剥けるくらい柔らかくなればOKです。 - 晒す(洗浄):
ザルにあけ、緑色の汁を全て捨てます。その後、ボウルに水を張り、実を入れます。何度か水を換えながら30分〜1時間ほど水に晒し、残留しているアルカリ分とアクを抜きます。
重曹を入れすぎると、仕上がりのジャムに「重曹特有の苦味(石鹸のような味)」が残ってしまうことがあります。早く柔らかくしたいからといって大量投入せず、適量を守るのが美味しく作るコツです。
レモン汁で鮮やかな色に戻すコツ
下処理が終わったハックルベリーは、まだ少し緑色っぽかったり、ドブ色のような濁った色をしていて不安になるかもしれません。これを砂糖と一緒に煮詰めていき、仕上げに「魔法」をかけます。
火を止める直前に、たっぷりのレモン汁(またはクエン酸)を加えるのです。
すると、重曹によってアルカリ性に傾いていたpHが一気に酸性へと引き戻されます。その瞬間、濁っていたジャムが鮮やかな赤紫色(ルビー色)に劇的に変化します!
この瞬間こそが、ハックルベリージャム作りのハイライトであり、一番感動するポイントです。レモン汁は味を甘酸っぱく引き締めるだけでなく、この美しい色を取り戻すためにも必須のアイテムです。お酢でも代用できますが、風味が強くなるのでやはりレモン汁がおすすめです。
イヌホオズキとの混同に注意

ここで一つ、命に関わるかもしれない重要な注意点があります。道端や畑の脇に勝手に生えている雑草の「イヌホオズキ(バカナス)」と、食用のガーデンハックルベリーは、見た目が非常によく似ています。
イヌホオズキの仲間には毒性が強い種類も存在し、歴史的にも誤食による事故が報告されています。素人が見分けるのは困難な場合も多いです。
「似ている実が生えているから」といって、野生の植物を自己判断で採取してジャムにするのは大変危険ですので絶対にやめてください。必ず、種苗店やホームセンターで購入した食用の「ガーデンハックルベリー」の苗や種から育てたもの、あるいは信頼できる直売所で購入したものを使用してください。
味や食感を良くするポイント

重曹処理をして柔らかくなった実は、そのままジャムにしても粒感があって美味しいですが、もし皮の食感がどうしても気になる場合や、より滑らかにしたい場合は、煮込んだ後にハンドブレンダーでペースト状にするのがおすすめです。
こうすると、濃厚なフルーツソースのようになり、ヨーグルトやパンケーキとの馴染みが抜群に良くなります。また、ハックルベリー自体は酸味が少ないため、レモン汁をレシピよりも多めに入れて甘酸っぱさを調整すると、よりフルーツ感が増して美味しくなりますよ。
ハックルベリージャムに重曹がなぜ必須か
ここまで、ガーデンハックルベリージャム作りにおける「重曹」の役割について深掘りしてきました。
重曹が必要な理由は、単なる昔からの習慣などではなく、「頑丈な皮を化学反応で溶かす」「苦味やアクを効率よく抜く」「pH変化を利用して色を管理する」という、非常に理にかなった科学的な理由があるからなんですね。
あの調理中の衝撃的な緑色の煮汁には驚かされますが、それを乗り越えた先には、ブルーベリーを凌駕する栄養価と、濃厚で深い味わいが待っています。「なぜ?」が分かれば、もう怖いものはありません。ぜひ、この化学実験のような不思議で楽しいジャム作りに挑戦してみてください。

